一年経って、キャベツを切っている。

11月7日












































34になってちょっと経ったときに、友達が突然いなくなってしまうってのは考えもしていなかったし、そんなしょうもないことで怒るなよってくらいの本当にくだらない理由で1年ちょっと会わずに、最後に会ったのっていつだったっけ?って思い出せない。

病気だってことも入院していたことも何も知らず、何の準備も覚悟も、最期の見送りもないままに、大好きなあの人が目を閉じた十数分後に訃報を聞いた。




「え?」


しかない。



手足が氷みたいに冷たくなった。




あの日は雨がしとしと降っていて、白に近い灰色の空で、ちょっと肌寒くって。絵の具と筆を渡されたらあの空の色も風景もこんな感じだったっていうのが細かく描けるくらいに覚えている。






「え?なんで?」


って言っても、もう心臓動いてないし。


後悔しても、ごめんなさいって何回も言っても、全部、何を今更!って話になってしまった。





あの人が病院から実家に戻って、通夜や葬式、荼毘に付されて、それから骨壺を持って帰ったのはなんとなくしか覚えていない。




どんなに思ってもこの思いは届くことはないんだって、こんな辛いこととこんな悲しいことってあるんだなって泣き叫びながら、あの日は本当に本当に自分の人間性の幼稚さとダメっぷりにげんなりした。

げんなりしても、あの人が死んでしまったことと、こちらはフツーに生きていることとの事実は変えられないし、不謹慎ながらも「ドラゴンボール探しに行く?」なんて七、八割ぐらい本気で思ったりして、その日からはあーまだ1日経ってない、って延々に真っ暗な長い日を過ごしてる気がして、お先真っ暗って引用方法は違うけれど、状況はお先真っ暗だった。


いなくなってしまってからの日々で、あの人がいたら何をしてあげられていたか、ということを考えるようになったけれど、それだって結局は自己満足でしかないのは分かってるし、考えても考えても何がいいのかなんか分からない。

それは今でもそう。



考えている途中には、まぁ、過去のいろいろな思い出を思い出すんだけど、楽しかったことは山ほどあって、ふとしたときにニヤって笑うようなことから、ちょっと堪えられないくらいに笑うことまでを思い出して笑って、笑いながらもやっぱりいないのは本当に悲しいので泣いてしまっていた。


不安定な日々は続いて、もう訳が分からないし、「ヨーロッパへいざ行こう!」と決たことだって、自分の自己満足でしかないことなんかよーーーーーーく分かってるし、「そんなん、自分が行きたかっただけやろ?」なんて言われたら何にも言い返せない。


けれど、肩に乗ってついて(憑いて?)来てくれよとはいつも思っていて、10年前に深夜の関空で撮った証明写真と形見のイーブイを持ってミュンヘンへ向かった。









昨日はヨーロッパ周遊に出た日で、たまたま夕飯用のキャベツを切る係で。


なんちゅうか。


ああ、もう一年かぁって思い出して。


キャベツを切りながら、ウチに遊びに来てくれてたらいいなって思った。




自分は記念日に何かしたいって性分じゃないんだけど、やっぱ11月7日からの約1ヶ月は重要で、あの人のことを思い出しながらパソコンのトップ画面に貼り付けている写真を、昨日から1日ずつ眺めてる。







多分、私が生きている限りはこの行為は毎年行われるんだろう。







一方通行の愛だけ。





















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by lunemusique | 2017-11-09 00:24