この世界の片隅に

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

こうの 史代/双葉社

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休暇を利用して、広島へ行ってきました。

広島県は日本の都道府県の中でも好きな場所の一つで、その中でも一番好きなところは、瀬戸内海の海ののんびりした、のどかな感じ。
日本海のように天候に左右されることがほとんどない内海なので、基本的に波が穏やかで、天候のいい日だと、太陽の光が水面に反射してキラキラしているところ。電車の窓から瀬戸内海を眺めると、水面の上に大小いくつもの島がポコポコ見えて、そういう景色が本当にいいなぁと思うのです。

そして、広島という土地には色々な観光スポットがあり、それぞれに見所や美味しいものが食べられる、ってところもね。

今回行ったのは、広島市内。

そこでは現代美術館とまんが図書館へ行ってきました。

現代美術館では、殿敷侃(とのしきただし)さんという、広島市内で生まれ育った現代アーティストの作品を見ました。そして、まんが図書館ではこの漫画を読みました。
映画を最近見ない私でも、この世界の片隅にという作品は知っていたけれど読む機会に恵まれずに今まで過ごしていたので、ちょうど良い機会で読むことにしました。

戦中から戦後の少しの話ではありますが、戦争の傷というものが今まで読んだ本や漫画のようなものではなく、人間の心情を丁寧に描かれたものだったので目をそらさずに読むことができました。

普段、少しポーっとした可愛らしい女の子が主人公で、自分自身はもう忘れてしまっていた幼い頃に一度出会ったことのある人と良いも悪いも分からないまま結婚し、広島市内から呉市へ嫁ぎ、そこでの人間関係も戦争で切り詰めた生活を強いられても、優しい旦那と舅と姑、少し嫌味っぽい小姑、可愛い幼い姪とともに、その少し抜けた性格で右往左往しながらも工夫を凝らし、うまく切り抜けて過ごしていました。

この漫画は、戦争で多大な傷を受けた人たちの話ではあったのだけれど、戦争の中で「自分がどうしてこの世界で生きているのか、生かされているのか」を悩みながら生きていく姿を見れ、終盤に旦那さんに「ありがとう、この世界の片隅でウチを見つけてくれて。」と言うのですが、これだけ見ると単なる感動話や夫婦愛なんかの話で終わってしまいそうだけれど、その言葉にたどり着くまでに受けた悲しみや苦しみの中での彼女なりの精一杯の言葉だったんだろうな、なんて自分なりに解釈すると、それもまた切なく、胸が切り裂かれそうでした。

人を失うことは、大きな悲しみと苦しみ、そのあとに来る怒りや絶望、虚無感などで溢れてめちゃくちゃになるものです。そんな感情に慣れることはないし、経験だってしたくない。


話の最後、彼女は駅でたまたま出会った戦争孤児の浮浪児を呉の家に連れて帰るのですが、その子がシラミをたくさん持ち帰ったがゆえに、家族が全員シラミでワチャワチャしてしまい、その中で小姑は戦争で失った娘の服をその子のために用意しようとしていたり、舅、姑や旦那がお風呂に入れよう、服を熱湯消毒しなくちゃ!と急いでいたりするシーンで終わります。

悲しみや苦しみも、それを抱えて共に生きていかなければならない。そこで立ち止まってしまえば迷ってしまう。少しずつでも強くならなくちゃいけない。





読み終わったあと広島市内を散策したのですが、天気が良くて、人も街も動いていて、路面電車が走り、川が流れ、私の好きな街の一つは穏やかに時間を過ごしていました。



あれから、少しずつみんなが幸せになってくれて、生きていてくれたらいいな。


元気でいてほしい。


「いろんなことがあったけどね、私、幸せだったよ。」

って思えて最期を迎えてほしい。




そんな漫画でした。
















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by lunemusique | 2017-03-26 23:40